人はみんな多様です。
あなたはどんなアイデンティティ(自分にとって重要な帰属意識)を持っていますか?
あなたの大切なプライバシーですから、口に出す必要はありません。アイデンティティは、複数もつことも変化することもありえます。複雑ならば、複雑なままで構いません。そして、人と違うことは、当たり前で、決して悪いことではありません。下の言葉について一緒に考えてみませんか?
あなた自身や、あなたのこれまでの様々な経験や感情を表す言葉、新たに知る言葉があるかもしれません。
1,「ハーフ」「ミックス」「ダブル」「クォーター」
海外のルーツをもつ人を表す表現は、たくさん存在します。みんなそれぞれ自分を表す表現は違います。あなたには、そのときどきで呼ばれたい・呼ばれたくない言い方を選ぶ権利があります。また、この言葉を他者に対して使う際には、一方的に決めつけるのではなく、相手の呼ばれたい・呼ばれたくないという意思を尊重しましょう。
「ハーフ」という言葉は、よく使われます。一般的には、父母のどちらかが外国籍である方を表す際に使われます。英語の「Half」は、「半分」という意味があり、「半分日本人」といった、さも片方のルーツが欠けているように否定的に捉えられることもあります。そこで「両方」の意味をもつ、「ダブル」「ミックス」といった言い方をすることもあります。一方で、日本での「ハーフ」という呼び方が英語圏に逆輸入されて、「Half」ではなく、「HAFU」と表記されることもあります。「クォーター」は、「ハーフ」の子ども世代に用いられることが多い言葉です。最近では、二つ以上のルーツを持つ場合に使われることもあります。
参考:下地ローレンス吉孝「『ハーフ』『日本人』を考える(上):結局何と呼べばいいの?」、nippon.com、2018年11月13日。
下地ローレンス吉孝『「ハーフ」ってなんだろう?ーあなたと考えたいイメージと現実』平凡社、2021年。
藤見よいこ『半分兄弟』トーチweb、2022年。
2、「ジャフリカン」「ブラジアン・ブレイジアン(Blasian)」「アメラジアン」
「ジャフリカン」とは、「ジャパニーズ(日本人)」と「アフリカン(アフリカ人)」を併せた言葉です。「ブラジアン・ブレイジアン(Blasian)」とは、「ブラック(黒人)」と「アジアン(アジア人)」を併せた言葉です。また、「アメラジアン」は、「アメリカン(アメリカ人)」と「アジアン」を併せた言葉で、第二次世界大戦後、アジア各国に駐留した米軍の関係者と地元の女性との間に生まれた子や孫を指します。
これらも1と同じく、一例です。自分を表したい言葉・使われたくない言葉もあるかもしれません。その気持ちを大切にしましょう。
参考:「アメラジアン 残る偏見に悔しさ『アメリカーと呼ばれて』/下」、毎日新聞、2022年3月30日。
3、AKCやAYMで使う表現に関して
アフリカンキッズクラブ(AKC)やアフリカンユースミートアップ(AYM)では、アフリカにルーツを持つキッズやユース、大人たち、またその家族を対象としたイベントを行っています。「アフリカにルーツを持つ」人たちは、両親もしくは片方がアフリカの国の人であったり、アフリカ系アメリカ人であったり、また両親がアフリカの人で日本で生まれ育った人であったり、さまざまなパターンの人たちを包摂するために「アフリカにルーツを持つ」という表現を使っています。
また、先述したように複数の国のルーツを合わせ持つ人を表す言葉は、「ハーフ」「ミックス」「ダブル」と、さまざまありますが、「アフリカにルーツを持つ」、「ハーフ」の人たちに対しては、AKC・AYMでは、「ブラック(黒人)」と「ミックス」を合わせた「ブラックミックス」という表現を用います。
4、難民
国連が定めた難民条約では、難民は、「人種、宗教、国籍、もしくは特定の社会集団の構成員であること、または政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍の外にいる者であり、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」とされています。今日では、難民とは、戦争や国家による弾圧だけではなく、武力紛争や深刻な人権侵害、または気候変動の影響から逃れるために母国を逃れ、他国に庇護を求めた人々も指すようになっています。
日本にも難民は来ていますが、日本で難民認定を受けることは、非常に狭き門となっています。2021年、難民不認定とされた人数は1万人を超えて(一次審査・審査請求の合計)いて、難民と認定された人は74人のみです。多くの人が、在留資格をなくし、オーバーステイとされています。
そうした中、難民として来て日本で育ち、あるいは難民の子として日本で生まれ育ち、日本を「祖国」と思い生活しているにも関わらず、難民認定を受けられないまま過ごしている子どもや大人も数多くいます。保護者との言語の違いから日本語学習の遅れや、就労の禁止、県をまたぐ移動の制限、毎月の入管への「出頭」、また、国民健康保険への加入ができず医療費の全額負担、いつ強制送還されてもおかしくないことへの不安といった大きな不利益・負担が生じています。
参考:「難民について」、なんみんフォーラム。http://frj.or.jp/refugees 「難民条約について」、UNHCR Japan。
令和3年における難民認定者数等について、出入国在留管理庁
宮崎亜巳、舩越みなみ、Thomas Wilson; Additional reporting by Manoj Kumar and Rupam Nair in New Delhi, and Himanshu Ojha in London; 編集:北松克朗「特別リポート:「祖国は日本」かなわぬ夢 漂う難民申請者の子どもたち」、ロイター、2017年5月22日
クアテン ユニス「日本で生まれ育った仮放免者として」、AKCリレーエッセイ第15回、アフリカNOW122号
https://ajf.gr.jp/wp-content/uploads/2023/04/africanow122_p14-15.pdf
※差別について触れます。自分の心と相談して読んでください。
5、マイクロアグレッション
マイクロアグレッションとは、悪意の有無は問わず、何気ない日常の中で行われる言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや侮辱のことです。加害者はたいてい、自分が相手を貶めるようなやりとりをしてしまったことには気付いていません。マイクロアグレッションは、受け手の自尊心を攻撃し、怒りと失望を引き起こし、精神的活力を枯渇させます。
たとえば、ブラックミックスのRさんの場合、初対面の人に名前を伝えるとよく「え!」とびっくりされます。ここにはどのようなマイクロアグレッションが潜んでいるでしょう。「ミックス」の人が存在することを前提としていない「日本人」の考えのもと、日本語の名字なら外国にルーツのある人が来るはずはないという決めつけが行われているのではないでしょうか。また、「日本に来て何年?」や「両親はどうやって出会ったの?」といった他の人にはしないようなプライベートな話にまで及ぶことがあります。こうした日々のなかの一見小さく見えるけれど、受け手にとって大きな打撃が、蓄積していくのです。
生涯にわたって継続的にマイクロアグレッションに直面することによってダメージは蓄積し、メンタルヘルスに深刻な影響をもたらすこともあります。マイクロアグレッションの先には、マイノリティの人びとの、教育や雇用、医療に平等につながる機会を奪う可能性もあります。
あなたの違和感は、マイクロアグレッションかもしれません。そして、このようなマイクロアグレッションをしたことのある加害者であるかもしれません。
過去のイベント→「マイクロアグレッションについて考えよう!」
参考:デラルド・ウィン・スー『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレション』明石書店、2021年。
丸一俊介「マイノリティが日々傷ついている『無意識の差別』の正体」、現代ビジネス、2020年8月15日。
6、ブラック〇〇という造語
ブラック企業、ブラック校則、ブラックバイト、ブラックリストなど、よく聞くフレーズではありませんか?ここで立ち止まって考えてみましょう。
ブラック企業は、「違法で悪質な企業」を指し、ブラック校則は、「一般社会から見れば、明らかにおかしい校則や生徒心得、学校独自ルール」などの総称です。黒人を表す「ブラック」という言葉が、否定的な意味で使われているのです。これらの「ブラック」を用いた造語は、劣悪な労働条件の企業、行きすぎた校則など、悪い状況を変えようと活動する団体や研究者によって使われてきた経緯があり、社会の問題を可視化し、改善してきたという側面があります。しかし、悪いこと=「ブラック」と安易に総称することは、ブラック(アフリカにルーツを持つ人々)への偏見や差別、マイクロアグレッションにつながることが危惧されます。
あなた、あるいは他の誰かのアイデンティティを示す言葉が、日常的に悪い意味で用いられていることをどう思いますか。
参考:「『ブラック企業』に『黒人差別』の指摘 どう思いますか」、朝日新聞デジタル、2020年7月29日。
「ブラック校則とは」、「ブラック校則をなくそう!」プロジェクト。
7、レイシャルプロファイリング
レイシャルプロファイリングとは、警察などの捜査機関が、人種や肌の色、国籍、民族的な出身をもとに職務質問や取り調べの対象者を選ぶことをいい、世界中で問題になっています。職務質問は、犯罪への関与が疑われる「相当の理由」がある市民に、声をかけ、任意で話を聞くものです。なので、レイシャルプロファイリングは、人種差別的な行為です。また、外国籍の人に対して行われるはずの在留カードの提示を、日本国籍をもつ「ハーフ」に対して求めること自体が不当です。
日本では2021年度に東京弁護士会によって調査が行われました。それは、駅や街頭などにおいて、単に外見が「外国人風」であるといった風貌や外国語で話をしているといった状況を手掛かりにして、警察官職務執行法第2条の「不審事由」の要件を満たさない職務質問が実施されているのではないか、との問題に対する調査です。それによって、過去 5 年くらいの間に外国にルーツのある人で職務質問を受けた人は 62.9%と、回答者の 6 割以上が過去に職務質問を受けていた実態が判明しました。外国にルーツのある人たちが声を上げ続けた結果、調査が行われ、大きな課題として可視化されるようになりました。
変わらなければいけないのは、このように差別を行っているステレオタイプや法律、制度の方で、外国にルーツのあるあなたでは決してありません。
参考:朝隈芽生、清水彩奈、福岡由梨、渡邊覚人「職務質問30回 身に覚えはないのに」、NHK WEB特集、2022年10月7日。
國﨑万智「「ドレッドヘアーは薬物持つ人多い」ミックスの男性への職質、「差別的で違法」と波紋」、ハフポスト日本版、2021年2月14日。
吉沢英将「人種めぐる警察官の不適切な職務質問、昨年6件確認 警察庁が初調査」朝日新聞デジタル、2022年11月16日。
「【報告】2021年度外国にルーツをもつ人に対する職務質問(レイシャルプロファイリング)に関するアンケート調査結果について」、東京弁護士会。
『アフリカNOW』122号 特集:日本の多様性を問うー職務質問、無意識の差別、医療へのアクセス
座談会: アフリカにルーツをもつ人々に対するレイシャルプロファイリング
8、ブラックヒストリーマンス(黒人歴史月間)
2月は、ブラックヒストリーマンスと呼ばれる月です。オーストラリアでは7月、ブラジルでは11月20日、イギリスでは10月がブラックヒストリーマンスです。
これは、アメリカで奴隷制が廃止された半世紀後の1915年に黒人の業績を研究促進する組織「黒人生活史研究協会(the Study of Negro Life and History)」が創立されたのが始まりです。「奴隷解放の父」リンカーン大統領と奴隷制廃止運動家のフレデリック・ダグラスの誕生日にちなんで、2月の第2週を選び「全米黒人歴史週間(Negro History Week)」を主催しました。こうして、建国200周年の1976年にフォード大統領が「私たちの歴史を通してあらゆる分野の努力において、あまりにもしばしば無視されてきた黒人の功績を称える」ことを認め、「黒人歴史月間」を公式に承認しました。こうして政府の認める公式年間行事になりました。
世界中のブラックにルーツのある人びともそうですが、あなたも日本にいるブラックにルーツのある皆さんの歴史、功績に注目する月間にしてみませんか?
過去のイベント・投稿→「Akwaaba Kids ダンスクラス」、AYM Instagram
ブラックヒストリーマンスを記念してAYMとVO1SSがコラボし、アフリカにルーツを持つ人たちにインタビューしました。→VO1SS
参考:「Black History Month 2023 黒人の歴史について学ぼう‼」、NYジャピオン、2023年1月27日。
“Black History Month,” Kay Boatner, National Geographic KiDS.
9、インターセクショナリティ
インターセクショナリティ(交差性)とは、「交差する権力関係が、さまざまな社会的関係や個人の日常的経験にどのように影響を及ぼすのかについて検討する概念」です。人種、階級、ジェンダー(社会的・文化的につくられた性差など)、セクシュアリティ(一人ひとりの性のあり方)、障害、年齢、文化的背景など、さまざまな要素は、相互に交わり、関わり合っています。何と何が交差することによって、これまで見えていなかったものが可視化されるのでしょう。
たとえば、ブラックルーツの女性に社会的差別・抑圧状態があることを考えてみると、黒人差別、女性差別をそれぞれ考えることで、彼女の社会的差別・抑圧状態は簡潔に説明されるでしょうか?2つの差別を考えるように、黒人であること、また女性であることは、別々に捉えて考えられてきました。しかし、その「黒人」「女性」は、それぞれ、概して黒人=黒人男性、女性=白人女性として考えられてきたのです。なので、黒人女性は、どちらにも当てはまらないことになります。そこで、「黒人であり女性である両方の重なった状態における独特の抑圧状態が存在している」という考え方が必要になりました。もちろん、この要素は2つとも限らず、さらに3つ以上のこともあります。
こうして、はじめに言及したさまざまな要素の、交差を考える必要性が広がっています。
参考:パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ「インターセクショナリティ」、小原理乃訳、人文書院
ミッキ・ケンダル『二重に差別される女たちーないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズム』川村まゆみ訳
「交差性って?社会人15年目のアイデンティティクライシス」、普通を捨てたそのさきにjournal
Jamil Smith「歴史の転換点となったBlack Lives Matter、創始者が語る『人種差別抗議』の真意」、ローリングストーン・ジャパン